
普天間飛行場の一部返還によって1994年に開館した宜野湾市の佐喜眞美術館。ここでは平和学習のために訪れる修学旅行生の姿も多くみられます。芸術を通して平和を学ぶ佐喜眞美術館の魅力とは?
ありのままの沖縄戦を感じる場として建てられた
佐喜眞美術館の館長は、民俗学者である佐喜眞道夫氏です。佐喜眞氏が普天間基地に隣接する場所に美術館を建設することを決めたのは、先祖代々の土地が普天間基地の一部返還によって戻ってきたことがきっかけだったようです。
沖縄戦当時の佐喜眞館長は、熊本県に疎開をしていました。終戦して間もなくしてから沖縄に戻ってきたものの進学を機に再び沖縄を離れた佐喜眞氏は、本土の友人と沖縄戦を体験した経験を持つ県民の考えの間に大きなズレがあることを感じます。
たしかに沖縄戦以外でも、東京大空襲や広島・長崎の原爆投下など全国各地で戦争による悲惨な体験をした人々はいます。中には「戦争で悲惨な経験をしたのは沖縄だけではない」と感じている人も多かったはずです。実際に当時の佐喜眞氏は、本州の友人たちと沖縄県民との間に大きな溝があることを身をもって感じたといいます。
ただ実際に沖縄戦を体験していなかった佐喜眞氏。地元に戻り沖縄戦を生き延びた人々から話を聞きとっていくうちに、沖縄の地で起こった出来事を本州の人や戦後生まれの人々が知ることによって、「戦争のむごさ」と「平和の尊さ」について考える場を作りたいという思いが生まれたのだといいます。これが沖縄戦を実際に体験しなかった佐喜眞氏が平和を学ぶための美術館「佐喜眞美術館」を開館することになる大きな原動力になったのだといいます。
佐喜眞美術館でぜひ見ておきたい『沖縄戦の図』
佐喜眞美術館には、『沖縄戦の図』と呼ばれる作品が常設展示されています。『沖縄戦の図』は4×8.5mという巨大な作品なのですが、作品を前にすると誰もがそのすさまじい迫力に動きを止めてしまいます。
『沖縄戦の図』を制作したのは、広島県出身の日本画家・丸木位里氏と北海道出身の丸木俊氏です。この2人は夫婦の画家として有名で、原爆投下直後の広島を実際にみた位里氏は、その時見た強烈な衝撃をもとに『原爆の図』を発表しています。もともと位里氏と俊氏は結婚後共同制作をすることが多く、佐喜眞美術館に展示されている『沖縄戦の図』も夫婦による共同制作でした。
2年かけて沖縄戦について知ることによて制作された『沖縄戦の図』
ここまでの説明だけでは、「沖縄戦を体験していない2人の本州の画家が、なぜ見る人を圧倒させる『沖縄戦の図』を描くことができたのか」という疑問を持つのではないでしょうか?実はこの作品の制作に取り掛かる前に、丸木夫妻は2年という時間をかけて沖縄戦について徹底的に調べていました。
もちろん書物として残されている沖縄戦の記録にも目を通しました。読み込んだ書物の数は160冊を超えたといわれていますが、丸木夫妻はこれだけでは本物の沖縄戦の姿が描けないとして、さらに沖縄戦に関して研究をしていた学者や専門家などから沖縄戦についてレクチャーを受けます。さらに真実の沖縄戦を知るために、丸木夫妻は沖縄戦を生き残った人々のもとに行き、悲惨な出来事が起こったとされる現場に足を運んだうえで体験談を聞き取ったといます。
このようにして徹底的に沖縄戦について調べたことで描かれた『沖縄戦の図』は、細部に至るまで丁寧に描かれています。描かれている多くの人物が身に着けている着物の柄も、平和な風景が一変したことを物語るザルや茶碗などの日用品も、実際に沖縄戦を体験した人々が作品を見て驚いたという話が残っているほど正確かつ細やかに描かれています。
一人ひとりの表情がすべて異なることに何かを感じる作品
常設展示してあるとはいえ作品そのものが4×8.5mという巨大な『沖縄戦の図』では、いろいろなメッセージが込められているように感じます。その理由がどこにあるかは、実際に『沖縄戦の図』を見た人の心の中にしかわかりません。ただそのヒントは、作品の中にあります。
修学旅行などの平和学習が目的で佐喜眞美術館を訪問する場合、美術館のスタッフ(場合によっては館長)から『沖縄戦の図』のレクチャーを受けることができます。おおよそ1時間にもわたる解説の中には、解説者側からの作品の明確な解釈はありません。ただ「この作品が持つメッセージのヒントが作品の中に点在していること」を伝え、そのヒントがどこにあるのかを教えてくれます。
驚くことにこの作品に描かれている人物の表情は、どれも違います。身に着けている着物の柄も異なれば、人物の周囲に描かれた風景も違います。その一つひとつに目を向けてみると、単にこの作品が沖縄戦の悲惨さだけを訴えているのではないことがわかります。
この作品を見ることによって、あなたがどのようなことを感じるのかはわかりません。それでも佐喜眞美術館で『沖縄戦の図』を見た後には、きっとあなたの心の中にそれまでとは異なる感情が生まれているはずです。その感情に気が付くことができることが、沖縄を知る第一歩になるのかもしれません。
佐喜眞美術館- 住所:宜野湾市上原358番地
- 開館時間:9:30~17:00
- 休刊日:火曜日、年末年始